欧州特許出願における仮保護の権利
1.権利の内容 公開により与えられる仮保護の権利の内容は、各締約国の国内法令によってそれぞれ定められている(欧州特許法67条(2)第1文)(注1)。但し、少なくとも補償金を請求しうる権利は全ての指定国で保証されている(同第3文)(注1)。以下に、独、仏、英における仮保護の権利の内容を記す。
(1)独国 補償金を請求する権利が認められる。補償金の額は、実施権のライセンス金額相当とされている(注2)。差止請求権は認められていない。特許登録前に仮保護の権利に基づく訴を提起した場合、裁判所は特許が認められるまで裁判を中止することができる。
(2)仏国 登録された特許権と同一の権利が認められる。但し、特許を認められたクレームが公開時のクレームと異なる場合はこの限りではない。また、特許権登録前に仮保護の権利に基づく訴を提起した場合であっても裁判は特許権が認められるまで中止される。但し、中間判決による救済が認められる場合がある(注3)。
(3)英国 損害賠償、または侵害がなければ得られたであろう利益の補償の請求が認められる。但し、特許が認められた後でなければ請求をすることができない。また公開時のクレームが特許権として認められたことが請求の条件とされる。差止請求権は認められていない。
2.権利の発生 欧州特許法第67条(3)に基づき(注4)、独、仏、英を含む殆どの締約国が、クレームの翻訳文が公開されること、またはクレームの翻訳文が相手に送付されたことを権利の発生要件としている。日本からの欧州特許出願は通常英語で作成されるので、独、仏で仮保護を受ける為にはクレームの翻訳文を提出する必要がある。
3.権利の消滅 出願が取り下げられまたは拒絶された場合、指定国が取り下げられた場合、または特許権が無効とされた場合には、仮保護の権利は初めから存在しなかったものとみなされる。
4.権利行使による得失 クレームの翻訳文を提出すると第三者が異議申立の準備をしやすくなるので留意する必要がある。
特に、異議申立期間が終了する前に仮保護の権利を主張した場合には、逆に相手側から異議の申し立てを受ける可能性が大きくなるので、異議申立期間の終了前に仮保護の権利を主張することは勧められない。同様に、異議申立期間の終了前に仮保護の権利をクロスライセンスに用いることも勧められない。従って、一般的には仮保護を得る為にクレームの翻訳文を提出することはあまりない。
但し、仏では特許権と同一の権利が認められるので、実際にクレームされた発明がフランスで既に実施されている場合にはクレームの仏語翻訳文の提出を検討する価値がある。クレームされた発明を実施している者がいないことが明らかであれば、早期に翻訳文を提出する利益は小さい。
独の補償金の額は実施契約料程度とされており、この実施契約料はクレームされた対象の価格の3~6パーセント程度を基準として計算される場合が多い。従って、この額が魅力的な金額である場合にはクレームの独語翻訳文の提出を検討することが望ましい。
(注1)欧州特許法第67条
(2)(前略)、(欧州特許法の各締約国において*)欧州特許出願の公開に対して与えられる保護は、当該締約国の法律が未審査の国内特許出願の強制的公開に対して与える保護(各締約国における仮保護*)よりも小さくてはならない。いずれの場合も、国内特許権の侵害について国内法により責を負う状態で何人かが当該締約国において発明を使用したときは、少なくとも、出願人が欧州特許出願公開の日からその者に相当な補償を請求しうることを各締約国は保証しなければならない。(*は弊所注)
(注2)X ZR 26/87, Offenend-Spinnmaschine 判決、1989 21 IIC 241
(注3)March 1, 1994 Cour de Cassation判決、 Managing Intellectual Property December 1994/January 1995, page 35
(注4)欧州特許法第67条(3) (前略)全ての締約国は、(中略)、請求の範囲の翻訳文について次のいずれかが為されるときまで、第1項及び第2項による仮保護が効力を生じない旨を規定することができる。
(a) 国内法により規定された方法で公衆に入手可能となったとき
(b) 当該締約国においてその発明を使用する者に通知されたとき
|