欧州統一特許と、統一裁判所

2023.06.27
弁理士・米国弁護士 龍華 明裕

欧州で統一特許および統一裁判所を導入する協定 (UPCA) が2023年6月1日に発効しました。

1.統一特許 (Unitary Patent)

含まれる国
EU内の17批准国(*1)をカバーする統一特許が、欧州特許(EP)出願から登録可能になりました。今後は最大25国(*2)に拡大される予定です。ただしEUの非加盟国(イギリス、スイスなど)と、UPCAの非批准国(スペイン、ポーランドなど)はカバーされません。これらの国には、従来通り欧州特許を個別にValidate(登録) する必要があります。

*1:ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、オランダ、デンマーク、スウィーデン、フィンランド、ベルギー、BG,EE,LV,LT,LU,MT,PT,SI
*2:UPCAに署名しているが未批准国:キプロス、チェコ、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、
*3:統一特許を登録せずに、批准国へ従来通り個別にValidateすることもできます。

統一特許の登録手続
欧州特許の登録が官報に掲載される日から1月以内に申請を行います。UPCA発効日から6年(+最大6年延長)の移行期間に限り、統一効申請と同時に明細書・クレーム全文の翻訳文(*)を提出する必要があります。この翻訳文には法的効果がなく、裁判で用いられないので、現地が安価に作成できます。

*手続き言語が英語⇨他の一のEU公用語(ex.ドイツ語)への訳文

年金
EPOに統一特許の年金を支払うのみで足り、批准国へは支払いません。統一特許の年金は、批准国の4カ国分相当です。EU非加盟国や非批准国でもValidateした場合は、別途、年金支払が必要です。

2.統一裁判所 (UPC: Unified Patent Court)

裁判管轄
統一特許の侵害と有効性はUPCのみで裁判されます。既に又は今後、批准国で個別にValidateされた従来の特許についても、UPCは批准国での侵害と有効性を裁判する管轄を有します。このため単一の訴訟で、複数の批准国の特許について判決できます。

UPCのメリットとデメリット
特許権者にとっては、複数の国で訴訟を行うのと比較して訴訟コストが下がると期待できます。欧州特許庁(EPO)は、異議申立後しか欧州特許の有効性を審理できませんが、UPCはその後も特許無効を審理できます。このため単一の判決で、批准国の複数の特許を失う恐れがあります(セントラルアタック)。

UPCへの対応策
そこで発効日から7年(+最大7年延長)の移行期間に限り、批准国の特許権者は、従来の欧州特許について、UPCの管轄権を排除(オプトアウト)し、従来通り各国の裁判所だけで裁判できることを選択できます(統一特許のオプトアウトはできません)。なお出願中にもオプトアウトできます。また、訴訟が批准国内で開始される前であれば、オプトアウトを撤回することも一度だけ可能です。

オプトアウトの要件
(i)すべての特許権者/出願人(譲渡契約済なら譲受者)が同意したこと。
(ii)すべての国に関してオプトアウトすること。
(iii) 申請書に、出願人/特許権者のメールアドレスを記載すること。(オンライン特許原簿で公開されます)
委任状は必要ありません。
(iv) UPCで係争になったことがないこと。

オプトアウトの現地代理人費用
事務所により案件ごとに€80~400程度です。庁費用は無料です。

3.ご提案

統一特許を取得すべきか
3~4カ国以上の批准国で特許を取得したく、UPCで裁判することを許容できる場合は、統一特許を考慮すべきです。従来、明細書の訳文を必要とする批准国で登録する場合は、翻訳費用がかかりました。この場合は統一特許の方が、初期費用が下がり得ます。

オプトアウトすべきか
UPCで特許無効を争うには、おそらく数百万円以上かかります。このため差し迫った必要性がない限り、特許無効が争われると考えにくいです。例えば、世界のいずれの国でも、関連発明の特許権行使やライセンスを試みたことが無い場合は、重要な基本発明でない限り特許無効が主張される可能性も低いので、急いでオプトアウトする必要はありません。

UPCAが施行されて暫くすると、UPCが特許権者に有利か否かが分かります。UPCを普及させたいというバイアスが働きUPCが特許権者寄りの判断をする可能性もあります。それらの状況を把握するまで待ってオプトアウトを判断することもできます。

権利行使の可能性が高く見える特許の場合
一方で権利行使やライセンスを試みた発明の関連発明や、影響が大きい基本発明には、特許無効が主張される可能性があるのでオプトアウトを検討する意義があります。UPCとEPOとは整合性を図る必要があるので、無効理由としての補正違反やソフトウエア発明の審理でUPCはドイツ裁判所より現EPOに近い厳格な判断をする可能性があります。これらの無効理由に懸念がある場合は、オプトアウトする意義が高まります。

これらの特許は、いったんオプトアウトしておき、必要に応じてオプトアウトを撤回することもできます。

オプトアウトの依頼先
委任状が不要なので、全てのオプトアウトを一つの代理人に任せることをお勧めします。これにより社内コストを下げ数量割引を得やすくなります。この場合も従前の欧州代理人は、その後の手続きを継続することができます。

以上のご提案は一般論に過ぎず、個別の事情によりご提案は異なります。
懸念事項やご不明な点がございましたら、どうぞお気軽にご連絡ください。