AMGEN v. SANOFI米国最高裁判決 (2023年5月18日)

2023.05.29
弁理士・米国弁護士 龍華 明裕

訴訟
AmgenはSanofiを抗体の特許の侵害で起訴し、Sanofiは実施可能要件を満たさないとして特許無効を主張しました。

明細書の記載
特許は、いわゆる悪玉コルステロールを抑えるべく、(1)(体内の)PCSK9上の特定のアミノ酸残基に結合し、(2)PCSK9が低密度リボタンパク質の受容体に結合するのをブロックする、全ての抗体をClaimしています。Amgenは明細書で、これら 2 つの機能を実行する 26個の抗体のアミノ酸配列を特定し、上記(1)と(2)を行う他の抗体を科学者が特定して製造するために使用できる2つの方法、つまりAmgenが「ロードマップ」と「保存的置換(conservative substitution)」と呼ぶ方法を開示しました。

争点
Sanofiは、明細書に記載された「ロードマップ」と「保存的置換」によって当業者が他の抗体を発見するには多大な労力のかかる実験 (undue experimentation) を必要とするから、明細書は実施可能な説明を欠くと主張し、Amgenは、説明された「ロードマップ」と「保存的置換」の2つの方法に沿うだけで他の抗体を特定して製造できるから実施可能であると反論しました。

最高裁の判断
「ロードマップ」と「保存的置換」は、2つの研究タスクに過ぎない。中でも「ロードマップ」は、機能的な抗体を見つけるためのAmgenの試行錯誤方法を説明するに過ぎない。二つの製薬方法を実施するには「試行錯誤」をかなり要するので、実施可能要件を満たさない。(上告却下)

ご提案
Amgenの明細書の記載と主張は、法律的には興味深いですが、本件では認められませんでした。このため競合製品を排除できなかっただけでなく「ロードマップ」と「保存的置換」を開示することで、競合製品を作られるのを助けてしまいました。

同じ目的を達成する他の物質を実験で特定して幅広い権利を請求するのが原則ですが、他の物質の特定が、先の出願の公開や論文発表に間に合わない場合があります。そのような恐れのある場合は、先の出願や論文発表の利益と、他の物質を特定されるリスクとを比較して、どこまで出願や論文に記載するかを検討する必要があります。特に、権利範囲(を広げるの)に寄与しない記載を、注意深く削除する必要があります。

なおソフトウエア・エレクトロニクスの発明でも同様の問題があります。例えば、Step ABCのソフトウエア方法を開示したときに、Step A’BCや、Step ABC’で容易に権利回避できるなら、Step ABCのみで出願すべきでありません。このため出願前に発明について深くDiscussionし、必要であれば出願を延期または中止することをお勧めいたします。