米国の発明譲渡証

2024.06.01
弁理士・米国弁護士 龍華 明裕

よく頂くご質問への回答をまとめました。

A.譲渡証を作成し登録する意義

1.譲渡証を作成する意義
発明者との雇用契約や企業間の権利譲渡契約により発明または出願の移転の効力が生じます。しかし、これらを米国特許庁に登録すると公開されてしまうので別途、確認的な「譲渡証」を作成して登録します。

2.譲渡証を登録する意義
米国特許庁に譲渡証を登録(recordation)する義務はなく、登録によって権利が移転するのでもありません。

特許規則(37 CFR)3.54 § 3.11 に基づく書類(注:譲渡証等)の登録は、その書類の有効性、またはその書類が出願、特許、または登録の権利に与える影響を官庁が決定するものではない。

米国特許庁へ譲渡証を登録しなくても、譲受人は譲受したことを相手方に通知すれば権利を行使できます。しかし登録により下記の効果が生じるので、譲渡が発生する都度、米国特許庁へ登録すべきです。

(1)二重譲渡の防止
譲渡証を登録すると、譲渡の事実が公衆に周知されます(審査基準(MPEP) 301 V (A)1。すると後から二重譲渡を受けた第三者に対抗することができます2

米国特許法(35 U.S.C.) 261  譲渡を第三者に通知せず(略)特許庁に登録しなければ、その効力は、後の譲受人または抵当権者に対抗できない。

(2)証拠保全効果
米国の州によるかもしれませんが、原譲渡書類を紛失した場合、米国特許庁で登録されている譲渡証のコピーにより譲渡の事実を立証できる可能性が高いので、譲渡証の登録は、証拠保全の効果も生みます。

3.後に会社 → 第三者へ譲渡した場合
(1)発明者 → 会社の譲渡証登録が重要です
発明者→会社(使用者)の譲渡が雇用契約等により完了していれば、それを登録していなくても会社→第三者の譲渡証を登録できます。しかし登録していない部分については二重譲渡を防止できないので、例えば退職した発明者が新雇用者に二重譲渡して米国特許庁へ登録すると、会社→第三者の譲渡に重大な瑕疵が生じます。このため発明者からの譲渡証を登録しておくことが重要です。

(2)譲渡発生の時系列に沿って譲渡証を登録する必要はありません
会社→第三者の譲渡証を提出してから、発明者が譲渡証に署名することもできます。譲渡の効力は雇用契約等により生じており、譲渡証への署名や特許庁への登録を行った時期は、譲渡の効力発生時期と関係がないからです。

B.継続出願の場合

原出願で継続出願前に譲渡証を登録済みなら、継続出願で譲渡証を登録する必要がありません(MPEP306)。譲受人が継続出願を行うので「継続出願の譲渡」は行われていないからです。

C.署名方法

米国特許庁では、自筆ではなく、例えば /suzuki/ とタイプしただけの、タイプ型サインも認められます。しかし下記の点を考慮する必要があります。
1.裁判での反証に耐えられるか
(1)例えば次の場合に問題が生じます
発明者が競合会社に転職して類似する研究開発を続け、類似する発明を出願した。しかし代理人が請求範囲を広げたので元の会社で出願済みの内容をも包含した。この問題はよく生じます。

(2)タイプ型のサイン
上記の場面で元の会社が「この発明は弊社に既に譲渡されている」と主張すると、発明者が「私は元の会社への譲渡証に(タイプ型の)サインをした覚えが無い」と反論する恐れがあります。これに対して、発明者とのメール交信記録があれば、発明者の反論に勝てる場合が多いと思います。しかし交信記録も無ければ負ける可能性が高くなります。実際には例えば、メールを交信した担当者による証言や、発明者の管理者が提出する宣誓書など、多様な証拠を総合的に判断して勝敗が決まります。

(3)職務発明
職務発明を会社に譲渡するとの契約があった場合は、その発明が職務発明であるか否かが問題になります。このため、発明の譲渡証にも個別に署名をしてもらう方が安全です。

2.ご提案
(1)米国以外の考慮
上記の裁判での問題は米国以外でも生じ得ます。そこで、世界各国での紛争にも使えるように、全世界の特許出願および特許を受ける権利を会社に譲渡した旨を米国の譲渡証に併せて記載しておく場合もあります。

日本出願の発明提案書に同様の契約が書かれている場合でも、米国出願時までに明細書に加筆される可能性があります。また、米国の譲渡証のひな型を修正しておけば署名時には追加工数が生じません。そこで全世界の出願および特許を受ける権利を会社に譲渡した旨を記載しておくことをお勧めいたします。3

(2)タイプ型のサイン
タイプ型のサインに対しては、米国でも反論が容易です。またタイプ型のサインを認めていない国もあります4。このため重要な発明では、自筆の署名を得ることをお勧めいたします。

(3)原本の保管
米国では一般に、コピーが原本と同じ証拠力を有します。しかし米国特許庁に提出した譲渡証を他国の裁判でも提出する可能性を考慮すると、出願人は自筆サイン後の譲渡証の原本を保管しておく必要があります。そこで譲渡証のコピーをメールで弊所へお送りいただき、米国特許庁に提出することをお勧めいたします。

以上

1 Realvirt, LLC v. Lee, 195 F.Supp.3d 847, 862-3 (E.D. Va. 2016)
2 CMS Industries, Inc. v. L.P.S. International, Ltd., 643 F.2d 289 (5th Cir. 1981)
3 例:I confirm that priority applications of the above-identified application, all foreign or international applications that claim the same priority as the above-identified application, and rights to file any applications in any foreign country have also been assigned to the above named assignee for valuable consideration being paid.
4 譲渡証に「本譲渡証は米国法の下で署名された」と記載すると、形式的にはタイプ型のサインが他国で有効になり得ます。しかし証拠としての信憑性が低いので,やはり自筆の署名を得ることをお勧めします。本質的に、第三者がタイプ型のサインを真似ることは簡単で、本人の署名と見分けがつかないからです。