特許マーケティング ─特許出願を活かすために─

2025.10.27

特許を出願すべき国や発明は、特許の利用目的によって異なります。特許出願は未来への投資活動なので、投資のリターン(Exit)を想定したうえで出願の価値を評価し、Exit目標に沿って出願する国と発明を選択する必要があります。


よくある問題

出願国の選択
日本のお客様からよく、こう伺います。「当社は積極的に権利行使する意図はないが、特許で訴えられないために、競合会社に対する特許力のバランスを維持しておきたい」。そして、競合会社の出願件数や事業規模と比較したうえで「従って、当社の目標出願件数は○件」と続きます。国ごとの出願目標件数も、自社が販売・製造する事業規模により選択されています。

訴えられることを防ぐための自社特許とは、訴えられたときに打ち返せる弾を意味すると思いますが、例えば、自社がアジアで、競合会社が米国でシェアを握る場合に、アジアで特許を取得しても、競合会社へ打ち返す弾にはなりません。打ち返す弾は米国に配置する必要があります。

権利化する発明(請求項の記載)
明細書には自社が想定する実施形態を記載し、それをカバーする請求項を立て、特許評価でも自社が発明を利用していることを重要指標にすることが多いです。

確かに、自社製品を他社にも生産させ、そのライセンス収入を裏付けるためであれば、請求項が自社製品をカバーすることが重要です。しかし「特許力のバランスを維持する」という目的に対しては、請求項が自社製品をカバーすることは、他社も使いたくなる「かもしれない」という参考になるだけです。例えば、迂回容易な特許技術を自社で利用しても、「特許力のバランスを維持する」という目的においては評価できません。

特許マーケティングで経営と知財の乖離を解消

これらの問題点は、特許の利用目的を明確にし、利用目的ごとに出願について議論することで回避することができます。

製品をつくる前には、製品のマーケティングが行われます。市場規模や成長率、競合の強みや製品価格などを分析し、勝てるポジションを想定してから開発に着手します。特許にも同じプロセスが必要です。競合会社間における自社の「特許ポジション」の目標を明確にし、そのポジション目標における、特許の活用方法を想定してから出願をすべきです。

そのために、「特許マーケティング」と言う手法をとることができます。特許マーケティングでは横軸(将来の自社・他社の事業利益バランス)と、縦軸(将来の自社・他社の特許の強さバランス)で4つの領域に分けて出願目的をマッピングします(図1)。

 
●図1 「特許マーケティング」で定める特許の出願目的:利益と特許の強さ、両方のバランスを考慮した4象限のマトリクスで、特許の出願目的をマッピング。この図式に基づいて知財戦略を練る


領域ごとの出願目的

積極的な権利活用
「自社の利益も特許も強い右上の領域」を目指せるなら、他社排除を目標として、そのための特許群を作る必要があります。他者を排除したいのは自社のマーケットですから、この特許群は、まず自社のマーケットへ出願する必要があります。ただし、自社を脅かす製品が作られる生産拠点を想定できる場合には、その生産拠点にも出願をして生産も排除しておくべきです。ここでは、特許は他社製品をカバーする必要があります。

「強い特許群を目指せるものの、将来に渡り他社利益の方がはるかに大きいと想定される左上の領域」では、ライセンスによる金銭化が視野に入ります。この特許群は、相手に「欲しい」と思われる必要があるので、相手のマーケットへ出願する必要があります。製造業では、通常は自社より利益が小さく特許も弱い小さな競合会社が存在し得るので、その相手に対して右上の領域を目指しますが、国または製品によって、他の会社が左上の領域に入る場合もあります。そのような発明では、ライセンスによる金銭化も視野に入れて出願すべきです。

左上の領域の特許群も、相手の製品をカバーする必要がありますが、相手先ブランドで生産(OEM)し、または自社製品を他社に生産許諾する場合は、相手製品=自社製品なので、特許は自社製品をカバーすれば足ります。特許のライセンスと製造ノウハウや製造設備をセットで求められることも多く、この場合も相手製品≒自社製品になります。特許は、現地法人からの利益還元手段として現地法人にライセンスされる場合もあるのですが、この場合も、現地法人製品=自社製品なので、特許は自社製品をカバーすれば足ります。このように、特許ライセンスを視野に入れる場合は、特許が自社製品をカバーすることも重要です。このため、冒頭でご紹介した、自社が想定する実施形態を記載し、それをカバーする請求項を立てることも、特許ライセンスを目的にする場合には有益です。

特許権行使からの防衛
「他社利益が大きく自社特許が弱い左下の領域」では、これらの積極的な活用目標を立てにくいです。下手に特許を振りかざせば、相手が持つ特許により大きな反撃を受ける恐れがあるからです。しかしこの領域では、相手の利益額が大きいので、少数の特許を得るだけでもクロス(相互)ライセンスによる防衛を目指すことができます。冒頭にご紹介した、自社が特許で訴えられることを防ぐための特許出願は、この領域で有効です。

相手が自社の特許を必要としなければクロスライセンスは成り立たないので、この特許群は、まず相手のマーケットに出願する必要があります。相手の製品の生産拠点が限られる場合には、相手の生産拠点で得た特許もクロスライセンスの対象になるので相手の生産拠点への出願も重要です。特許は、相手の製品をカバーする必要があり、この領域では自社の製品をカバーするか否かは重要でありません。そして右側の領域で障害となる特許とクロスライセンスされることになります。

「自社利益が大きく、他社特許が強いと見込まれる右下の領域」では訴訟リスクが高いので、損害賠償額を下げる対策が必要です。例えば相手がNPE(Non Practicing Entity)である場合は、自社の特許が相手に無力であり、自社の事業利益の方が大きいので、常に右下の領域に位置付けられます。しかしNPEが目指す損害賠償額の計算では、対象特許の「寄与度」が参酌されます。そして、製品が対象特許以外にも多数の特許を利用していれば、対象特許の寄与度が小さいという抗弁ができます。この抗弁には、自社製品をカバーする特許を、自社のマーケットで取得しておく必要があります。損害賠償額を軽減するための特許出願は、NPEに差し止めを認めない米国で特に重要です。これらの特許群は、相手にとって左上の領域にある、ライセンス対象特許に対抗します。

出願目的のまとめ
特許マーケティングの全体をまとめると、右側の2つの領域では、まず自社のマーケットへ、そして左側の2つの領域では、まず相手のマーケットに出願することになります。また上側の2つの領域では積極的な権利活用が、下側の2つの領域では権利行使に対する防衛が主な目的になります。そして、右上と左下の領域では、相手の製品をカバーする請求項を意識し、左上と右下の領域では、自社の製品をカバーすることも意識して、特許出願の請求項と明細書を作成する必要があります。


発明面談の進め方

特許の目的を明確にする
このように、特許出願に記載すべき内容は特許の目的によって異なるので、特許出願のための発明面談では、まず特許マーケティングに基づいて、特許の目的を議論する必要があります。そのうえで、他社排除やクロスライセンスを目的とする場合には、自社が何を実施するかではなく、自社特許を他社がどう権利回避し得るかを議論し、それらの権利回避方法を幅広く権利化する必要があります。一方で、ライセンスによる金銭化や損害賠償額の低減を目的にする場合は、自社がどう実施するかを幅広く議論し、それも請求項と明細書に記載しておく必要があります。

ファイナンシングや株主説明のための特許出願
特許出願の第1の目的が、ファイナンシング(資金調達)や、技術力を株主に説明することである場合もあります。この場合も、特許マーケティングに基づいて、特許の活用方針を説明できると説得力が高まります。

特許の強さ
権利行使時に受ける、非侵害、特許無効、権利行使不能(米国)などの抗弁に対する、特許の訴訟強さの重要性も、権利の利用目的によって異なります。他社排除を目的にすると相手が全力で特許と戦いますから、特許には分割出願も含めた万全の備えが必要です。一方で、例えば友好的なライセンスや、ファイナンシングを目的とする場合は、万全の強さより特許の取得費用を削減することを優先することができます。請求項の数や、明細書に記載するサポートの厚さ、翻訳にかける費用も、特許の訴訟強さと費用のどちらを、どの程度優先すべきかによって定まります。

このように、自社の特許ポジションを明確にし、それに沿って特許の活用方針を定めることで初めて、出願すべき国と発明、ひいては一出願にかけるべき費用や明細書の厚さが定まります。


未来の推移を想定する

出願目的の変化
ただし現時点での特許ポジションではなく、将来の特許ポジションの目標領域を定め、それに沿って特許の活用方針を定める必要があります。時間の経過により、将来の特許ポジションが変化する場合は、例えば5年後、10年後の特許ポジションの目標領域を定めることで、出願目的の変遷を時間軸で表現できます(図2)。


●図2 「特許マーケティング」で出願目的の変遷を図式化:競合会社、製品、および時期ごとに出願目的は変化する。競合会社(A・B・C)に対して製品ごとに5年後、10年後の予測図を作成し、知財戦略に落とし込む

これにより例えば、10年後は5年後より他社利益が大きくなり、他社排除からライセンスによる金銭化が必要になるといった動きを図式化できます。この場合は両方を想定した出願戦略を採るべきです。時期ごとに出願目的が変わることを想定することで、分割出願の方針を定めて、特許価値の最大化を図れます。

特許権の売却
特許を売却すると、図1の「自社」が変わるので、図中の特許のポジションが大きく変わり、ひいては特許の利用目的も価値も大きく変わります。したがって売却額を検討する際には、まず売却先の企業を基準として、特許のポジションを分析する必要があります。


まとめ

特許マーケティングをご紹介すると、「この想定は難しい」という感想を伺うこともあります。確かに、図中の具体的な位置を計算することは困難であり、あまり意味がありません。しかし感覚的ではあっても、図中の位置の想定がなければ、何のために、どのような発明を、どこに出願するのかという会話のベースができず、明細書の記載も定まりません。特許出願が投資活動である以上、Exitへの想定が必要です。

特許マーケティングは、研究開発部門、知財部門、経営層、投資家の間に共通言語をもたらすので、技術を生かす経営戦略を立てやすくなります。これにより、技術と事業の成長が加速することを願っています。