米国における秘匿特権

2022.03.23



弁理士・米国弁護士 龍華 明裕


 米国の訴訟には証拠開示手続き(ディスカバリ)があり、秘匿特権で守られるものを除き、事件に関連する情報を相手に開示しなければなりません。このため不利な情報を秘匿特権で守っておくことが重要です。

1.秘匿特権で守られる情報
 米国弁護士と依頼人とのコミュニケーションは、法的助言を受けることを目的とし、かつ秘密性が保持されている場合に秘匿特権で守られ得ます。ⅰ)

 日本の弁理士と依頼人とのコミュニケーションにも日本法に関する事項であれば秘匿特権が及ぶ場合があります。しかし日本の弁理士とのコニュニケーションが米国に関するものである(touch base with the U.S.)場合は、秘匿特権が及びませんGolden Trade (S.D.N.Y. 1992), VLT Corp (D.C. Mass. 2000)。例えば米国での特許訴訟に関する、日本企業と日本弁理士とのコミュニケーションには秘匿特権が及びません。Astra (S.D.N.Y. 2002)

2.秘匿特権で守られない情報の例
(1) 故意侵害の立証に使われ得る例 故意侵害の立証に使われ得る例
 ① 開発中の製品が侵害する米国特許があるか否かを日本弁理士が調査し、米国弁護士に相談せずに「侵害するおそれのある米国特許が発見された」と報告した。
 ② 拒絶理由(OA)で引用された競合会社の米国特許出願は既に特許されていた。製品が同特許を侵害するかと相談を受けた日本弁理士が、米国弁護士に相談せずに「侵害するおそれが高い」と報告した。

(2) IDS違反の立証に使われ得る例
 日本の拒絶理由で引用された箇所が米国クレームに近かったので、その訳をUSPTOに提出することを日本弁理士が推奨したが、日本企業は英文Abstractだけを提出すると日本弁理士に指示した。

(3) 権利の濫用(相手弁護士費用の負担)の立証に使われ得る例
 米国OAへの対応時に日本弁理士が「特徴Aは、日本出願の引例Bに開示されているので、この減縮だけで特許を得ても、後に特許が無効になる」とコメントした。このコメントは米国弁護士に伝えられずに請求項が特徴Aで減縮補正された。その後に権利を行使したが、引例Bにより特許が無効と判断された。

3.電子メールや報告書へのPrivilegedという記載
 電子メールや報告書にATTORNEY-CLIENT PRIVILEGED COMMUNICATIONと記載しても1に記載の要件を満たさなければ秘匿特権は働きません。しかしこのように記載をしておけば、秘匿特権が働く文書を分別しやすくなり、ひいては誤って相手方に渡してしまうことを防ぎやすくなります。ただし秘匿特権が働かない文章にまで上記の記載を行うと文章の分別に役立たなくなるので注意が必要です。例えばPRIVILEGEDの記載を付す文書の例として、拒絶理由(OA)応答に関する米国弁護士コメント、自社製品が他者の米国特許を侵害するかについての米国弁護士コメント等が挙げられます。

4.秘匿特権で守る方法
 日本企業と日本弁理士との間でコミュニケーションが行われた場合であっても、①そのコミュニケーションが米国弁護士による法的助言を目的とし、②秘密性が保持され、かつ③米国弁護士の指揮管理(supervision, direction and control)の下で行われていれば、米国弁護士との秘匿特権が及び得ます。従って早期からコミュニケーションに米国弁護士を含めると共に、これらの要件を満たすことが重要です。i)

 弊所には6名の米国弁護士が所属しており、必要に応じてお客様とのコミュニケーションを秘匿特権で守ることができます。ただし米国弁護士をメールの送信先やCCに形式的にいれるだけでなく、実質的に米国弁護士の管理下で業務が進められる必要があります。このためには、判断に必要な情報が米国弁護士に正しく伝えられている必要もあります。

 秘匿特権で守られる情報には、訴訟の帰趨に大きな影響を及ぼし得るものが含まれます。秘匿特権を正しく理解し、有効活用できるよう、本紙でご説明した要件等を満たすべく細心の注意が必要です。秘匿特権による保護を希望される場合は、どうぞご相談ください。



ⅰ)要件①交信(コミュニケーション)②弁護士と依頼者の関係③秘密性の保持④法的助言⑤犯罪又は詐欺行為目的でない⑥特権が主張されており、過失等で放棄されていない(United States v. United Shoe MacHinery Corporation, 89 F. Supp. 357 (D. Mass. 1950))