第三章 知的財産で「攻める」・「守る」※執筆協力

2004.02.21

 (以下抜粋)
 ビジネスとは-未来を実現することである。人々が欲しがる製品やサービスを作り上げ、人々が欲しがるタイミングで市場に提供することだ。
このような未来志向型の企業では、経営者の指揮の下で、研究開発製造、マーケティング機能と、その保有する知的財産をうまく噛み合わせ、相乗効果を上げる 必要がある。
第二章では、知的財産(権)がなぜ議論されるのか、何を目在しているかについて述べた。
この章では、それら知的財産をどのように見つめ、ビジネスに活用していくのか、具体的な攻め方、守り方を考えていく。

第一節 特許の攻めは、「未来」を攻めよ!

発明から特許を生み出す工程

一般に、日本企業の特許出願の工程は以下のとおりだ。
技術者が自ら特許対象の技術に関する提案書を作成する。作成された提案書は、特許を担当する部署に回覧され、その中から特許が取得出来そうな技術が選択さ れる。
次に出願対象となった提案書は、特許事務所に送付され、特許明細書の作成、および出願の事務手続きが行われることになる。
しかし、龍華明裕氏(RYUKA国際特許事務所、RYUKA CONSLUTING株式会社は、大変重要な指摘をする 。日本企業が出願する特許を価値の高いものにするには、発明の創出や、特許出願のプロセスを改善させる必要があるというのだ。未来を創造する研究者を対象 に、発明の創設を支援している龍華氏は、キヤノンの研究開発部勤務を経て、弁理士資格を取得し、のちに米国の弁理士(Patent Agent)の資格も 取得している。
新製品を作り上げるには、多くの技術を組み合わせる必要がある。仮に画期的な発明をしたとしても、それだけで商品が生まれるわけではない。商品を実現する までには、技術的課題が山積みだ。その技術的課題が何であるかを探し当てることが発明の価値を向上させ、ひいては特許の価値を向上させることになる。
どのような技術があれば、どのような商品が出来るのか、そういう視点で研究開発者が発明を生み出すのが、何よりも大切なことなのである。
製品を実現するための技術的課題の一つ一つを丹念に見出し、そしてそれを解決するために、研究者に新たに発明を生み出させるよう誘導する。そうすれば、研 究者からはより実用性の高い発明が生まれるようになる。今の日本企業には、そのようなプロセスを強化することが必要なのだ。
龍華氏は、発明の創設を支援する過程で、実現するべきビジョンをはっきりと明示する。ビジョンが明確になれば、業務に対するモチベーションを保つことが可 能だからだ。
さらに、明確になったビジョンは、関連する人々をつなぐ。そして人々はつながることにより喜びや楽しみを見出す。この好循環が、新たな発明や価値の高い特 許を生み出す起爆剤となる。



「攻め」て、未来を守る特許

特許は、未来を攻めるものである。ここで、龍華氏が価値の高い特許としてあげる有名な事例を二つ説明しよう。
一つは、パチンコ・パチスロ業界大手であるアルゼの特許権侵害事件の対象となった特許である。
パチンコ・パチスロ業界は、ビジネスを特許で攻めていることで有名だ。二〇〇二年業界大手のアルゼ株式会社は、アルゼ社の特許権を侵害したサミー社に対 し、特許権侵害訴訟の提訴を行った。対象となった特許は、スロットマシンに関する技術で、この特許権侵害の損害賠償額は、八十四億円にも上ったことから、 関係者から注目を浴びた事件である。
じつはこの特許は、パチスロの市場が大きく開花するより相当前に取得されているのだ。
下の図3‐1を見てみよう。
ここでは、日本全体におけるパチスロに関連する特許の出願件数を折れ線グラフで示している。矢印で示した一九八八年が、この裁判の対象の特許が出願された 時期である。判決が出たのは二〇〇二年であるが、それよりも十四年も前に特許が出願されているのである。
このグラフを見ると、出願件数が伸び始める直前に、その特許が出願されていたことがわかる。

二つ目の事例を示そう。
二〇〇三年、東芝テック社のマッサージチェアの特許をめぐる裁判の判決で、十五億円の賠償金が言い渡された。この事件の対象となった特許も、アルゼ社の場 合と同じく市場が開花する前の一九九三年に出願されたものである。損害賠償額が確定した二〇〇三年から数えれば、まさに一〇年前に出願された特許なのだ。
以上の二つの事例を見ると、価値の高い特許、市場が伸びている時期に、他社からの侵害を防ぐことの出来る特許を取得するためには、最低でも五年から一〇年 先の市場を見据えて特許出願の戦略を立てる必要があるのだ。



従来の出願方法の課題

日本企業の出願する特許は、人の発明の後追いの傾向があるということに多くの人が気づいていない。
ある特定の技術分野の特許を追うような類似の特許が出願される傾向があるのだ。
戦略的に見れば、他社が特許を出願する技術分野、あるいは新製品市場が伸び始めた後の分野の特許を出願することに力を注ぐことにも意義がある。しかし、未 来を攻めるのであれば、他社に先行して、その新製品を実現する特許を取得することが大切なのだ。

*******

前に、日本企業の特許出願は、研究開発者が作る技術提案書に基くものだと記した。
多くの企業では、技術者には年間何件という特許出願のノルマが課されているようである。そのノルマを達成するために、技術者は必然的に目の前の技術を特許 出願の対象とせざるを得なくなってしまう。その結果、将来性の高くない技術でも、特許出願の対象となってしまうのだ。そのような特許は、概して技術的範囲 が広くない。
また、特許が取得できたとしても、その特許を見直してみることはあまりないという。研究開発部の誰の、そしてどの提案書から価値のある特許権が得られた か、提案書の記載内容、あるいは特許の出願内容の良し悪しについて、発明者へフィードバックされることも少ない。
したがって発明者にとって特許を出願することは、日常業務の中に埋もれがちになる。価値の高い特許の取得を目標にして、特許取得を自己実現や自己の向上に つながらせることができにくい。結果として、よい特許を出願したいという意欲が沸いてこない。いわば、悪循環だ。
そこで、前述の龍華氏は、まだ具体的な設計が始まっていない未来の製品やサービスの権利をコンセプトとして出願する、「特許ビジュアライゼーション」とい う活動を行っている。



特許ビジュアライゼーションのプロセス

ここで、特許ビジュアライゼーションのプロセスを具体的に説明しよう。
特許ビジュアライゼーションでは、まず複数の発明者をチームにしてテーマを決め、ディスカッション方式でアイディアを出し合う。対話を進めて研究課題を絞 り込む。この過程で、新たな発明を創出することが多々ある。
大切なのは、発明のテーマを絞り込むことだ。技術者の頭の中にある数々の発明のイメージ、思考は、複雑に絡み合っていることが多い。これらは「暗黙知」と 呼ばれているものだ。そこで、発明者と対話し、そのイメージや考えていることを分類・整理する作業を行う。そして、発明の根本的な部分を探しあて、いくつ かのテーマに切り分けるのだ。
また、議論を通して、発明者の中ではまだ言葉にもなっていないアイディアを引き出すこともある。そのように引き出されたアイディアは、さらに新たな発明と して開花させることも可能だ。発明を誕生させるために、産婆役も必要だというわけだ。
次にブレークダウンされたテーマについて、詳細なディスカッションを重ねる。新たに生まれたアイディアを、ホワイトボードに書き込む。そして会議の後、そ れらのアイディアを文書化してまとめるのだ。これらを「形式知」と呼ぶ。

そして、それらの発明をどのような特許として出願するか、その方針を決定する。
このようなプロセスを経て、発明者の創作意欲を刺激し、次の発明のレベルを向上させるきっかけを作る。

(中略)



誰よりも先に実現する未来を研究テーマにする

戦略的な研究成果を上げるために龍華氏は、競合他社や業界大手の特許出願状況を調査し、最近伸びはじめた技術分野の動向をにらみつつ、特許ビジュアライ ゼーションのテーマ候補を設定する。
「○○ガス社は、今こんなことに興味があるようですよ」「アメリカの○○エネルギー社は、最近この分野の出願に力を注いでいるようですよ」そのような情報 を活用し、研究テーマを設定すれば、より競争力のある分野に特化することができるのだ。すでに類似の技術開発がなされていれば、特許が取得できないのだか ら、この分野の特許出願が存在するか、あるいは先行技術が公知になっているか、そのような調査を丹念に行う必要がある。
龍華氏はさらに、現実となりつつある所与の条件を洗い出し、それらが実現した後に何が必要とされるかについて考えるべきであると指摘する。
今現在、まだ世に広まっていない技術、要素デバイス、環境が何かを考えてみる。
例えば、まだ広まっていない技術要素として、デジタル地上波放送の移動体受信技術がある。将来の要素デバイスとしては、屋外照明灯のように明るいLEDが 挙げられる。
また、将来起こり得るだろう環境には、ガスの法規制の自由化などが考えられる。それらの、まだ実現化されていないことが現実となった状況を想定し、その次 のステップで何ができるかを考える。近未来がすでに実現した後の未来、次の次の課題は何かを考える。そこに、誰よりも先に開発するべき未来を研究テーマに 設定するための鍵があるのだ。
今開発している技術は、先行技術、あるいはすでに特許となった技術とどこが違うか。発明者とのディスカッションのテーマを設定し、議論をリードし、コアと なっている課題を抽出する。そして、その場で発明を新たに作っていくのだ。
その上で、その場で明確になった発明に対して、さらに先行技術あるいは特許の調査を行う。普通の特許出願作業の倍の時間をかけ、先行技術を調査の上で出願 の方針を固める。それでこそ、他の出願の何倍もの価値を持つ特許を生み出すことができる。
出願内容が固まり、特許の明細書を完成したあとには、このプロセスを見直すための、フォローアップミーティングを行う。新たな発明の創出活動に向けて、再 出発を切るのである。
ある技術者が、一人で生み出した特許件数は年間八件であった。ところがこのような対話を通して特許を生み出す努力を行った結果、年間で二〇件の特許を出願 できたという。異なる視野を持った人と議論を重ね、発明はより磨かれてゆく。このようにして技術者の描く未来は、より具体化され、現実味を帯びたものとな る。

(以下略)