最判R8.4.24「TRIPP TRAPP事件」評釈
最高裁は、量産実用品の形状が著作権法上の「美術の著作物」に当たるかについて判断の枠組みを示した。対象となったのは、ストッケ社が製造販売する子供用椅子「TRIPP TRAPP」であり、上告人らは、その特徴的な形状が創作的表現であるとして、被上告人製品の製造販売等が複製権等を侵害すると主張した。これに対し、最高裁は、本件椅子の著作物性を否定し、上告を棄却した。
1.最高裁の判断枠組み
最高裁は、著作権法2条1項1号の著作物性一般の要件(思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの)を確認しつつ、量産実用品については、意匠法との役割分担を重視した。
意匠法は、視覚を通じて美感を起こさせる物品の形状等を、登録・審査・存続期間という制度設計の下で保護する。
これに対し、著作権は登録なく発生し(著17条2項)、保護期間も長く(著作権の存続期間は原則として著作者の死後70年(著51条2項))、著作者人格権も伴う。
そのため、量産実用品の形状に広く著作権を認めると、意匠制度の存在意義を損ない、産業上の利用を過度に制約するおそれがある。
もっとも、最高裁は量産実用品の著作物性を一律に否定したわけではない。量産実用品の全体又は部分の形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的表現として把握できる場合には、美術の著作物に当たり得るとした。
2.本件椅子への当てはめ
最高裁は、TRIPP TRAPPの特徴とされた、約66度の略L字型の二本脚、その間に座面板と足置板を平行に固定する構成について、子供用椅子としての機能に由来する構成であると評価した。本件椅子が美感を生じさせるデザイン性を有すること自体は否定されていない。
しかし、その美感は、椅子としての安定性、座面・足置きの調整可能性、使用上の安全性といった機能的構成と不可分である。
したがって、機能由来の構成とは別個に、思想又は感情の創作的表現として把握することはできないとして、著作物性が否定された。
ここでは、デザインとして優れているかではなく、機能から切り離して著作権法上の表現として把握できるかが決定的な基準とされている。
3.先例との関係――ニーチェアー事件・ゴナU事件
本判決は、従来のニーチェアー事件(最判H3.3.28)との関係で理解すると分かりやすい。ニーチェアー事件では、椅子という実用品のデザインについて、実用面・機能面を離れて、それ自体が完結した美術作品として専ら美的鑑賞の対象となるかが問題とされた。同事件は、応用美術について著作権保護を限定的に考える従来型の立場を示すものとして扱われてきた。
これに対し、本判決は、「専ら美的鑑賞の対象」という表現を前面に出さず、「機能に由来する構成とは別個に把握できるか」という基準を採用した点に特徴がある。これは、ニーチェアー事件的な厳格基準をそのまま維持したというより、意匠法との制度的調整を踏まえつつ、機能と表現の分離可能性を中核に据えたものと評価できる。
また、ゴナU事件(最判H12.9.7)との比較も重要である。同事件では、印刷用書体について、文字の情報伝達機能という制約を重視し、著作物性を認めるには、従来の書体に比して顕著な特徴を有する独創性と、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性が必要とされた。本判決も、機能的制約の強い表現について、通常の創作性だけで安易に著作物性を認めない姿勢を示している。
4.本判決の意義と残された課題
TRIPP TRAPPは優れたデザインであるが、その優秀さは、まさに子供用椅子としての機能を合理的かつ美しく実現した点にある。そのような機能美を著作権で長期間独占させると、意匠法による保護期間(意匠権の存続期間は出願日から25年(意21条1項))や登録制度(意20条1項)を迂回する結果となる。
製品デザインの保護は、原則として意匠法(物品の美的外観)、不正競争防止法(商品形態)、商標法(立体商標)等で図るべきであり、著作権法は、機能から切り離して把握できる美術的表現がある場合に限って補充的に適用されるべきである。
本判決は、応用美術の著作物性について、ニーチェアー事件以来の限定的保護の流れを受け継ぎつつ、ゴナU事件に見られる機能的制約への配慮とも整合する。
もっとも、「機能に由来する構成とは別個に把握できるか」という基準はなお抽象的である。今後は、家具、日用品、工業製品、ファッション製品などの具体例において、どの程度の分離可能性が必要であるかが問題となる。
本判決は、量産実用品のデザイン保護を著作権法に過度に拡張しないという明確な方向性を示した点で、実務上大きな意義を有する。
5.引用出典(裁判所ホームページ)
令和7(受)356 不正競争行為差止等請求事件
令和8年4月24日 最高裁判所第二小法廷 判決 棄却 知的財産高等裁判所 令和5(ネ)10111
hanrei-pdf-95904.pdf (courts.go.jp)
